iPhone Duoでのバッテリー・Wi-Fi・アンテナの表示が既存のものとは違ったデザインになっているらしい。
DUOも驚いたけど、この合体に一番驚いた。まだ進化できたかーすごいことや pic.twitter.com/4MsRrpOwJJ
— 松倉 早星@領域横断型プランナー (@sbr_m) September 9, 2026
賛否両論あるっぽいが、個人的には良い試みだと思うので、なんでそう思うかを綴っていこうと思う。
普通のiPhoneは画面上部のステータスバーにバッテリー残量・Wi-Fi電波強度・モバイル回線電波強度 がそれぞれ別々に表示されていた。
それが1つにまとまり、中央にWi-Fi電波強度、周りの円の部分の上側がバッテリー残量、下側がモバイル回線電波強度という表示になった。
iPhone Duoはなかなか特殊な画面構成ををしているので、場所の関係や、他のUIとの統一性などを加味してこのUIが作られたのではないかと推測する。
(UIとの統一性というのは、カメラや検索アイコンが丸なのでそれに合わせて各種ステータスも丸にしたかったのでは)
タイトルには良くないと丸めて書いたが、いわゆるクソUIという意見もXや身の回りの人の反応を見ていると多いっぽい。
なんでクソって言われているかというと
という理由らしい。
確かに、僕も初見ではなんだこれ!?という反応ではあったが、だからと言ってクソなのかというとどうなんだろう。
クソなUIって何だろう。というか良いUIって何だろう。
UIがクソに見えるか良く見えるかはユーザー体験(UX)が関係する。
UXが良ければそれは良いUIになり、悪ければクソなUIと言われる。
じゃあ、UIのUXはどういうときに良くなるのか。
よく言われるのはメンタルモデルに合致しているかどうか。
例えば、ボタンUIは周りに影を付けて盛り上がっているような(押せそうな)見た目になっている。とか
キーボードUIは入力欄にフォーカスを当てたときに下からスライドインして出てくる。とか
スマホでの時刻表示は画面の上部にある。とか
人は、今まで自分が触ってきたUIから、こうするとこう動作する。これを知りたいときにはここを見る。ということを暗黙的な知見として持っている。
それをメンタルモデルと言って、それと合っていればUXが良くなる=良いUIと呼ばれる。
過去に自分が触ってきたUIが違うものならば、それによってメンタルモデルは変わってくる。
Windowsユーザーならウィンドウの右上に閉じるボタンがあるのが自然だ。しかし、Macユーザーなら左上に閉じるボタンがあるのが自然だ。
多くの人は左から右に文章を読むのが自然だ。しかし、昔の日本人やアラビア語を使っている人は右から左に文章を読むのが自然だ。
上記の例はどっちも自然=UXは悪くない=UIも悪くない。使う人・時代によって良いUIの基準が違うということだ。
見出しには人によって違うと書いたが、時代によっても違う
みんながクソなUIと言うとき、それは大体、自分のメンタルモデルに反するUI=受け入れられないUIであることが多い。
でも、受け入れようと思えば受け入れることもできる。
だって日本人はRTL(右書き)からLTR(左書き)になったのだから。
なんでこのような変化が起きたかまでは僕は良く知らないが、
普通に考えて文字の書く方向が変わるなんて想像できない。クソなUIどころか使えないUIと言えるほどの変化だ。(※ここでは文字の並びもUIとして捉える)
でもそんな変化も受け入れられて、おそらく今生きている日本人は右書きの文章は読めないと思う。
なんで受け入れられたかというと、誰かが左書きの日本語の文章を書いてそれを書き続けた人がいるんだろう。
どこかに強制力があったのかもしれないが、ある意味では強制であっても受け入れられるという結果でもある。
右書きを書き続けてきて、今日では右書きが標準となった。
UIも同じである。最初はクソなUIと言われていても、そのUIが使い続けられていけばそれが標準となる。
標準となれば、メンタルモデルに組み込まれ、いづれ良いUXだ、良いUIだと言われる。
皆さんが言っているクソなUIって何でしょう。
ただ受け入れられなくてクソと言ってるだけなのでは?ただ変化を恐れてクソと言っているだけなのでは?
今あるUIがクソであっても、未来永劫クソであるわけではないということは、これまで書いてきたことから明白であると思う。
ここはクリエイター(特にUIデザイナー)に言いたい。
世の中からクソだと言われても、自分が納得しなければ変えなくていいと。
世の中生きていると、批判を恐れて大衆に従ってしまうことが良くある。
ただ、これをしてしまうとニューノーマルなんてできない。
クリエイターはまだ世の中にないものを作るのが仕事だ。世の中にないものを作るからこそ価値がある。
既存のものを作っているだけではそれはただの作業。
みんながクソだと思っているところ、なんなら自分もクソだと思うようなところ。そういうところに革新的なUIがあるかもしれない。
少し前に
どこかに強制力があったのかもしれないが、ある意味では強制であっても受け入れられるという結果でもある。
と書いた。
Appleが作るUIというのは強制力があるといっても良いと思う。
今回の表示は iPhone Duo の話なので、大衆が使うかどうかは分からないが、Liquid GlassといったUIを作ったら、世界中のほぼ半分の人がそのUIを使うことになる。
そもそもiPhoneを発表した当時はタッチパネルのついた携帯なんて未知だし、その中で表示されるUIも未知であったと思うが、今日ではみんながそれを受け入れている。
iPhone Duo自体、非常に高価であるという面はあるが、折り畳みスマホ自体がまだ受け入れられていないこともある。
今後、折り畳みスマホが標準となり、iPhone Duoをみんな使うようになり、このバッテリー・Wi-Fi・アンテナUIをみんなが使うようになれば、
またそれが良いUIと言われる時代も来るだろう。
もっと言うと、物理の「アンテナ」というのを今はほぼ見ない。さらに未来の話、元のアンテナ強度を示すUIに戻すような変更があれば、もしかしたらクソなUIと言われるのかもしれない。
ここまで、クソなUI・良いUIとは何か、メンタルモデルは変わっていくという話、今は受け入れられなくても将来では分からないということについて書いてきた。
タイトルでは濁したものの、本文中では「クソ」という言葉を使ってきた。この言葉には勢いや怒りみたいな感情がこもっていると思う。
一旦、立ち止まり落ち着いて考えたとき、きっとクソという言葉をもうちょっと具体的に表現できるのではないだろうか。
さて、結局あなたは例のiPhone Duo バッテリー・Wi-Fi・アンテナ表示はどう思う?
僕は本当にクリエイターは尊敬すべき存在だと思う。
ただモノを作れる人は多い。特にAIが出てきた今はイラストや音楽、Webサイトやスマホアプリなど簡単に作ることができる。
でも未来の新しいコンテンツを作ることはできますか?
僕はどこまでもクリエイターを尊敬したいし、自分もクリエイトするならば未来に残るようなものを作りたい。
仕事でも(フロントエンドエンジニアなので)UIを触ることも多いが、デザイナーさんが本気で作った未来のためのUIというものを実装するのが夢だ。
それがみんなに使われるようになれば本望かもしれない